コラム 甘口辛口
2004年6月、2週間にわたり、新潟日報誌で食についてのコラムを連載しました。(計10回) 気軽に読んでみてくださいな。
「五郎めし」
かれこれ三十数年前、東京で自炊生活をしていたときのことです。
「食費をいかに抑えて、なおかつうまく食べるか」真剣に考え、工夫していました。
新潟から送られてくるコメを使って、何かおいしい物が作れないか。コシヒカリの上にマーガリンを載せ、しょうゆをかけてかき混ぜて食べたらおいしいかと思い、早速実行!絶妙な味のコンビネーションが作り出され、ほかに何もなくても、食事を楽しむことができました。
いま、そのメニュー「五郎めし」で商売をしているとは、思いもよらないことでした。
もちろん、あのままではお金がいただけない。改良に改良を重ね、今の姿になったのです。
バターライスに塩鮭、筋子、梅わさ、辛子明太子、納豆、卵、塩辛、お新香・・・と、
酒のさかなにしたらうまそうな物ばかり載せます。
それらを混ぜ合わせることで何ともいえない味のハーモニーが生まれます。ほろ苦い学生時代を思い出しました。「五郎めし」バンザイ!
「薫製は簡単?」
薫製は、昔から保存食として作られてきましたが、現代ではフリーザーなどの発達で、保存というよりそれの持つ独特な香ばしさが好まれて作られているようです。
そこでわが家でもそれを楽しもうと、早速二階のベランダに薫製がまを用意して、五時間くらいで簡単に作れるものからチャレンジしました。
薫製の一番大事なことは、いかに塩味をおいしく、また一定の状態で味付けするか。ここが勝負と思い、岩塩、三温糖、ブランデー、しょうゆ、ハーブなど使用したピックル液を作り、その中に一定の時間浸して、塩味を付けることにしました。
しかし、なかなか同じ塩加減にならず、大変な思いをしました。そして三、四ヶ月くらいしたとき、気温の変化が塩の溶解度を変えていることに気付きました。同じ時間、浸しても、日によってばらつきが出るのです。
簡単に考えていた薫製作りが、こんなに大変な作業だったのかと気付かされた次第です。
「マグロの頭」
二十数年前、ハワイなどで、Tバック水着が流行していたが、新潟市の日和山海岸にもさわやかなTバックギャルが出現したのです。「浜のヨーコ」ですね。
しかし今日は、本マグロの頭の野焼きの話です。重さだけで十キログラムぐらいあるので、焼くのも大変です。
太く長持ちする木に完全に火が付いてから、穴の開いた鉄板の上にマグロの頭を載せます。
塩を振って、一斗缶をかぶせて、待つこと一時間。ゆっくり蒸し上げる感じです。
しかし、じっと待ってはいられません。ここで一発、ウインドサーフィンのレースで勝負を決め、勝った人が好きな部分を食べられることにすると、みんな必死になってやります。
そして一番うまい所はもちろん、目玉の周りです。ゼラチン状のトロリとした所に、笹川流れの「玉藻塩」をぶっかけて食べると、たまりません。
浜のヨーコを見ながら食べるマグロの頭の野焼きは、ダイナミックで最高のぜいたくですね!
「けがの功名」
古町八番町の某居酒屋へ出掛けました。十二坪ぐらいの小ぢんまりした店です。
ここに「クニ」という“番頭”がいて、彼の話を夢中になって聞いていると、ついつい気持ち良すぎて飲みすぎてしまう。
そして、注文していた生ダラミを、牛レバ刺し用のごま塩だれに間違えて入れ、食べてしまったのです。しかしながら、これが美味いんですよ。
ごま油の香ばしさの中に広がる絶妙な塩味が、生ダラミを優しく包み込み、口の中で柔らかく踊り出すのです。
まさにケガの功名。いくら飲みすぎているとはいえ、この妙味は見逃しませんでした。
ついつい「お替わり!」。今度は、塩は笹川流れの玉藻塩を使ってみました(しょっぱさの中にうまみがあり、とてもマロヤカな味がする)。
最高のぜいたくです。うまい酒とこんな肴があれば何もいらない。よくぞ日本人に生まれけり。
ヨッパライバンザイ!
「陸前高田の秋刀魚刺」
岩手県・陸前高田で行われたウインドサーフィン大会に参加したときのこと。
今から二十年数前でしょうか。リアス式海岸の漁村が会場でした。
親ぼくを深める会が終わりに近づいたころ、地元の有志がわれわれを「いい店があるから、一緒に飲みに行こう」と誘ってくれました。
連れていってもらった店で、生まれて初めて秋刀魚の刺し身を食べさせていただいたのです。
脂の乗った身厚の、見るからにおいしそうなプリッとした切り身が、何の飾りもなく、ポンと皿の上に載って出てきました。
食べてみたらこれが、スゴイ!ウマイ!秋刀魚は焼くものだと思っていたから、
まさに目からウロコです。
その後、新潟でも少しずつ市場に出るようになったけれど、あのときのように脂の乗ったおいしい秋刀魚には、まだお目にかかっていません。
自然環境が変わったのか、自分の舌の記憶が大き過ぎるのか・・・・。
「ホヤ貝の甘い香り」
以前、ウインドサーフィンの大会で惨敗した話を書きましたが、勝利の美酒を味わうことがないわけではありません。
北海道の小樽から車で三十分くらいの距離にある「銭函」というビーチで行われたレースで、どういう訳か、最高記録を出してしまったのです。
すると民宿のおばちゃんが「お祝いに石狩の町で好きな食材を買ってきて、私が作ってあげよう」と言って、われわれを市場へ連れて行ってくれたのです。
そこで見たものは、巨大なホヤ貝。両手を合わせて膨らませたくらいの大きさです。
普通ホヤ貝はかなり磯くさく、苦いものであるため、よほど癖のある味が好きな人でなければ食べられません(十人中二、三人くらいのものです。)
しかし、その巨大ホヤは癖が全くなく、包丁で切れ目を入れるとそり返るぐらい、鮮度のいいものでした。
口の中に漂う甘い香りと、レースでの充実感が、いつまでも記憶に残りました。
「ゴーヤーチャンプルー」
沖縄産の野菜、ゴーヤー。独特の苦味のあるこの野菜を、ことさら苦い思いで味わったことがあります。二十数年前、ウインドサーフィンの大会で沖縄へ行ったときのこと。レースは惨敗でした。夜、居酒屋で食べたゴーヤーチャンプルー(いためもの)の苦かったこと。負けた悔しさが重なります。「この味を忘れずに強くなろう」と自分の言い聞かせ、帰ってきました。
ゴーヤーは当時、新潟ではめったに見ることはできませんでしたが、健康ブームの中、価値が見直され、近年は日本中、どこでも手に入るようになりました。
「店でも作ってみよう。でもあの苦さがお客さんに受け入れてもらえるのか?苦さを和らげるには?」
いろいろ試してみて採用した調理法は、まずゴーヤーの種の入った柔らかい部分を取り除き、約三ミリ幅に切り、油で十分いためます。その後、ほかの具を加え卵とじにすると、普通の人でも十分おいしく食べられます。
ゴーヤーを食べるたびに沖縄の海の青さと、レースで敗れた苦い思い出が、よみがえります。
「甘いのは別腹」
何軒か飲み歩き、腹いっぱいになっているのに、なぜか行きたくなる店って結構ありまして、ここ、某居酒屋もそんな一軒です。
飲めない、食えない状態なので注文も迷っていると、豆腐の上にバニラアイスが載った、いかにもサッパリした感じのメニューがありました。
気の進まぬまま、オーダーして食べると、少しずつ胃の中が軽くなって気分もよくなってきました。
あらためてそれを見ると、ゼラチンで固めた豆腐の上に、バニラアイスを載せてありました。
その二つをしっかりと結び付け、味のハーモニーをつくり上げている物が、テイスト・オブ・ハニー(はちみつ)なのです。
それを口の中に入れると、フワーッととろけ、それがゆっくりと溶けて、胃の中に入った途端、心地よい刺激に包まれる。
今までの「腹いっぱい感覚」が解消され、また元気に飲めそうな感じになるのです。
「甘いのは別腹」とは、よく言ったものです。本当にそう思いますね。
「自分の器」
陶芸を始めて、八年になります。初めの四、五年は毎日のように教室へ通っていろいろな作品を本で見たり展示会など見たりして、まねて作っていましたが、最近それが面白くありません。かといって自分自身のアイデアも浮かんで来るでもない。自分らしい作品とは、一体どうゆう物なのか?と、もんもんとするばかりです。
繊細な物を作ろうとすればそれなりに作れるし、大胆な物を作ればそれなりに出来るけれど、どれも自分らしくない。一体、おれは何を一番作りたいのか?
そんなことばかり考え、二年ぐらい作陶もいい加減になっていました。ところが、最近、ある器を作ったところ、「今回の作品が、今までに一番五郎さんらしいわね」と言われました。訳の分からぬモヤモヤが取れたような気がしました。また昔のように意欲に火がつきました。以前から夢だった「自分の店の器を全部手作りにする」ということが現実になるのかなって・・・。
どんな物がテーブルに置かれるか、それはそれでコワイものですが・・・。
「酒くれっす」
某店の板長が、マイカを箱買いで三十杯ぐらい仕入れて来ました。身は煮付けとフライ物にして、ランチメニューに変化してしまったが、大事なイカワタはどこに・・・。
数日後、なんだか見覚えのある妙な肴が日本酒を飲んでいたら出てきました。しょうゆ漬けにした例のイカワタです。
それを冷凍にし、少し固めて食べやすくするとは、なかなか粋なことをするな!
でもここまでは誰でも考えられる代物ですが、ここからが違うのです。なんと、カニ味噌を一緒に出すんです。
イカワタのガツンと来る塩味と、カニ味噌のフワーッとする甘味が初めにけんかして、その後仲直り。口の中いっぱいにだ液が広がり、心地よい味のハーモニーを作りだすのです。ここに大根のツマを添えたら、これがまた結構!
最高の日本酒の肴です。これを某店では「酒盗」にちなんで、「酒くれっす」と命名しました。
「酒をぬすまれないように酒くれ」と。